衝動、的に
能動、的に
鬱はやって、くる
頭が激しく痛む
痛みが脳をつんざく
訳の分からない思考が、あちらからも、こちらからもやってきて、
俺は、気が、狂いそうに、なる
痛みから逃げ出したい、気狂いを取り去りたい、
その繰り返しが、頭の中で溢れる
まるで、液体重金属を、頭蓋に、直に注入され、
その毒で、のたうち回って、死ぬ、ような
そんなイメージが、全身を、ぐるぐる、ぐるぐる、回っている
散歩に出かけられたのは、もう18:00を過ぎてからだった。
歩いていると、不思議と、そのような痛みは消え、
生気を取り戻したような、心地になるのだった
飯田橋のラムラは、まるでレーザ・ビームのように輪を描いてネオンをいからせ
見ている俺を、近未来に引き込む
その時だけ、俺はまるで、自分があらゆる病から解放され、
自由な、健常者の体に、なれた気がした
だが、実際にはそんなことはなく、
電車にのりこめばすぐ、あの軋むような痛みが、間近に迫る音が、聞こえてきた
家に、かえろう
帰って、野球でも見よう
夕飯は鶏肉だった
俺には、不釣り合いなほど、暖かくて、優しい家族
俺の、身の丈に合わない、幸せで満たされた場所
俺は、恵まれた環境の中で、自分の手では、ほとんど何一つ、手に入れることは、できなかった
だが、今更、それを悪いとは、思えなかった
それは、しがない努力の積算に、しかしながらすでに辟易してしまった俺の、
最後の、グレた、態度なのだろう
すなわち、それは、通常の、いわゆる「自立して立派に生きる」という道を棄てた、
落伍者としての、諦めの生き方だった
最近、良く、夢をみる
内容は、決まって、今まで俺を蔑み、見下してきた人間が、
こぞって、俺という人間を認め、友として新しく関係を築く、というものだ
彼らと友達になりたかったのだろうか
昼夜を問わず、俺は彼ら・彼女らのことを、思い出しては、憎み、怒り、頭の中で何度も殴ってやることで、溜飲を下げてきた
だが、夢の中では、決まって彼らと笑い、和解し、幸せな時間を送っていた
遂に、俺は、自分という人間が、本当は何を望んでいるかすら、わからなくなり、
そして、そもそも、望んだところでそれは二度と叶わないのだと、自分に教えることしか、できないのだった
今、俺は、自分にとって不都合なもののいない、守られた場所に、居る
だが、やがては、労働という、寒空の下に引きずり出され、そこで生きていかなくてはならない
はて、さて、どうなってしまうだろう、
俺は、これが、すなわち俺の人生が、ともすると醜いアヒルの子の童話のような、
或いは弱虫の王子の話のような、
そんな道筋を辿ってくれないかと、期待している
だが、きっと、そうはならないだろう