土台のための明日へ その1

2023.中曽根カレンダーに向けて

https://adventar.org/calendars/9346

構想の段階で思ったよりボリュームがあり、頓挫しています。

恋愛小説、長いです。飽きたら切って。

--------------------------------------------

 

雨宿りの5月

 

2256年。この国はなんたって、まだまだ先進国を自称していた。だから、古典で見た名作アニメのように、小中高の学生には、もれなくアイドル、または高校球児になる権利があったのだった。

 

昔はオシとか呼ばれていたらしい。私、森山リコも、一応はそのうちの一人なわけなんだけども、なんというか、少なくとも自分が『数ある地方の中では実力のあるクラスに属するけど、雑多なうちの一人』であることは否応なく理解できたし、なんだか気分が乗らない毎日なんだよね、いやあ、参っちゃったな。

 

最近のアイドルは、

 

・古典とは違って『配点制』だ。観客にどのくらいポイントを貢がせたとかではなく、歌・ダンス・時には作詞作曲演奏も兼ねて、全てやばいほど審査ハーディ達の目が行き届く。

 

・とにかく部活動であり教育の一環だ。みんながみんな、将来の内申点の為に、ちょっと仕方なくやる。だから決して誰かに憧れられたり、持て囃されたりする内容ではない。まあ、上手くいくとそれはそれで、まあまあ楽しかったりはするんだけど。

 

・一番重要だけど、内申点を上手く稼がないと、男子は『カミカゼ』に、女子は『タチンボ』になるしかなくなる。前者は派兵で、後者は人形の中身だ。要するに回路内の嫌悪系だけ全部抜いて、人形の中でリアクションする仕事になる。まあ、死なないだけ男子よりマシかもしれないし、最近はこれでも昔より待遇は良いらしい。因みにアイドルとは言え地方の実力者止まりでは、その後の進路次第で将来的にこれらになる可能性もある。いやあ、やばい世界ですなあ。

 

てわけで、私リコは今日もガルウィングをガンガン巻いて練習を繰り返した。『後で痛覚やばいよ』とカナムが言う。『リコはストイックでアレだから』と詩織が笑ってくる。ばかにすんなやい。気にせず私は両手両足に、負荷を巻きに巻いてやる。

 

みんながみんな、将来が不安でたまらなかった。

 

そりゃあそうだ。100年くらい前から?とうとう、行き詰まりに行き詰まったお国が『国民である我々は、例外なく労働力となる為に生を受ける』とかいう、マジでウケる内容を憲法に、包み隠さず盛り込みやがったのである。

 

そんなこんなで、すったもんだがはじまった。良くないことに、未来というのは技術だけは発展していたので、食に困ることも土地に困ることも病に困ることも、昔ではあり得ないことに日々の疲れに困ることも無いのだ。じゃああとはみんなササッと働いてくれ。そういうことになった。

 

みんながみんな、生きることに辟易していた。当たり前でしょ。大昔にはあった、首の皮一枚で守ってくれるポーズはしていたはずの、人権とか尊厳て、無いっていうことが分かってしまった。ここに居るみんながみんな、人間ではあるけど商品でもあって、価値があれば上手に、無ければ雑に扱われますよ。要するにそんな風に『ジダイ』ってのが言うわけである。なんかそんな風に大人たちが嘆いていたんだ。

 

で、良く分かんないけど、その『ジダイ』の言うままに『価値』を高める為に『内申点』を上げて、その目的のためにアイドルとして審査員にバチくそ練習したダンス見せつけちゃう。一周回って私には快感だった。難易度の高い技は私に嫌でも生きてる実感をくれる。なぜって、やると次の日全身痛むから。

 

そんな訳で私は楽しかった。カナムは適度な抜き方でメニューをこなしていた。詩織はたまに、本当に辛そうにするけど、それでも弱音吐いたって、私達はなんだか同じ泥舟に乗らされたトリオだったから、なんだかそんなカナムも詩織も、私は結構好き。でも、いつか大人になって内申点を通知されたとき、それでも笑顔でいられるかは正直分からなかった。

 

そんな5月。雨宿りの季節。みんながみんな湿っぽーく笑顔を絶やさない傘の日に、なんか良いことなんか、これっぽっちも無いだろうなって、皆んなで言ってたあの日。私リコは、意外や意外の体験をしたんだ。いや、昔はそういうの、普通だったかもしれないけどさ

 

※※※

 

5月だから、もう定時制の部活動参入トライアウトは過ぎたはずだった。なのに、男子部のアイドルに急に補欠が入ったとアナウンスがされた。

 

珍しくもない。すごーーく厳しい部活、例えば高校球児とか数理とかから、ちょっと落ちこぼれてダメだったヤツがお試しで入ってくるのは良く聞く。でも、だとしても『準厳しめ』であるアイドルに来るのはなんかちょっぴり変な気がしたんだ。なに?一発逆転狙いだろうか。やめといたほうがいいぞーみたいな、みんなそう言ってる。

 

まあまあ、見てやりましょ。案外拾い物もあるかもしれないわ。詩織が対外的に言った。こいつ、弱音吐く癖にアイドルとしてはこういうキャラなんだ。そこがまた好きだったけど、要するに私たちは『地元では一応トップなので、見たくなくても見なきゃいけない』、要するに準部長職の立場。あーあやんなっちゃう。下手なダンスも歌もそんなに好きじゃないのに。

 

そうしてるうちに、お騒がせの奴らがやってきた。3人ユニット。名前は『あいみ』『えあー』『まりん』。なんだそりゃ。むかーしのキャラネームみたい。性別に合った名前にした方がせめて変な目で見られないし、そもそもコンセプトがわかんないでしょ。

 

なんか3人とも緊張してた。おう頑張れ頑張れ。わかるわかる。そうは言っても。3人ともやたらスキン(注.肌パーツのことだが、アバターとリアルの区別のない2200年代以降からは『容姿』の意味で使われた。それは金銭で売買される)は良さげ。お金持ちの落ちこぼれか。そういうの、見てて1番つらいんだけど。

 

そうする間に、彼らは歌いはじめた。

 

 

 

 

驚いたことに、3人とも全くバラバラのコーラスだった。複雑な構成で不協和音盛り盛りの曲。『あいみ』がバスバス、『えあー』がテナー、そして『まりん』がボーイソプラノだった。

 

 

 

 

はっきり言う。踊りは単純すぎてダメ寄り。

 

 

でも、違う。

 

 

 

私たちが、あんまり聴いたことがない音楽。

 

 

 

あいみのバスバスは低い。井戸を掘るかのようなあまりの支え、土台だった。そんな声が出るもんかとビビる。

 

対して、えあーのテナー。これが1番聴けたかも。中音域の太さはバリトン寄りだけど、高音も細らない頭声でイケてる。

 

そして、チームの中で1番荒削りな感じのするまりん。こいつは、

 

分からなかった。この時代は声を買えるという話はまだあんまり聞かない。買えるのはスキンと体の出力。

 

でも、なんていうか、

 

 

とても悲しい曲、何語か分からない合唱にいて、

 

男でも、女でもない、若者でも、老人でもない。何者か分からない、何かを訴えかけようとする、

 

異なる国の、どこかから来たソプラノであることだけは、何となくわかった。

 

 

 

 

 

 

曲が終わる手前、3人のユニゾンが一瞬だけ挟まる。却って合わせるのが難しい筈の同音でも、全く崩れない。それどころか、低、中、高音の大きさの粒がぴったりと合ってる。どれだけ練習したのだろうか。

 

そしてフィナーレだった。悲しい曲は、アイドルらしからぬ、そのままに悲しい曲として、マイナーな和音で締めくくられる。

 

 

 

静寂のち

 

 

 

どこからか歓声が生まれる。

 

 

 

日々を切り裂いて、何処かに連れて行って欲しかったみんなが、

 

 

きっとそれを待ち望んでいた。

 

 

※※※

 

審査抜きにして、新人がこんなレベルで場を盛り上げるなんて、普通あんまり無いことだった。

 

その日は地域アイドル部では新ユニットの話題で持ちきり。観に行く楽しみっていうのは何だかんだ緩い知り合い同士であったし、私たちもまあまあステージを沸かす時もあるけど、にしてもこういうタイプの鮮烈デビューって、中々無かったから、色々みんな刺激を受けたんだと思う。

 

で、1日の終わりを待たず、カナムが『はい提案。"部長職権限"使うべきです。明日から新人くんたちの指導者は私たちってことでどう?』と聞いてきた。

 

は?いきなり何?と素になって私リコが抗議兼質問。ちょっと意味が分からないっていうか。

 

しかし、詩織は郁子もなく『はーい!賛成!さっすがカナム先生。ナイスアイデアだよー』とか言い出す。お前なんだよその口調はよ。さっきのクールキャラどうなってたんだよ。

 

詩織は『もー。だってさあ?考えてみて?折角のスーパーユニットだよ?ピチピチの若い才能。これに釣り合うのは私たちくらいだよねー』と続ける。何が私たちくらいだよねーだ。お前ガルウィングの負荷で踊れなくて泣いてるだろ月3くらいで。

 

そういう抗議を全く意に介さず、カナムは『私はどっちかって言うとバスバスの子(あいみ)が好みかな。ストイックで、ちょっと負けん気強そうで』とか言い出す。なに?君たちなんか裏で話し合わせてたりした?

 

詩織は『やだー、ちょうど私はえあーくんがいいなーって思ってたんだー。眉キリッとしてて、でも細いけど筋肉質な感じ。バリイケメンだよねー!』とかのたまう。大丈夫かお前。そんな余裕あるなら明日からメニュー2倍渡すぞ。

 

そんな訳で私リコは堪らず、『いやあ、お二人さん。そういう古典の歴史にあるような、ボーイミーツガールもいいですけどね?忘れてません?これ部活動だから。内申点足りないと大人のおもちゃの仲間入りだよ。他人の練習見てる暇ないでしょ』と再度抗議をした。

 

『むぅ…なんともまあ』とカナム

『あれえ、あれあれ』と詩織

 

そして、『リコさ、隠してる』とカナム。『長い付き合いだからさ、ね?』と詩織。

 

大体もうこいつらは大丈夫じゃないな、やっぱ2倍のメニューで明日から行こう。そう思って帰り支度を始めた時、2人揃って言った。

 

 

 

『リコはやっぱ、まりんくんが1番イイっしょ』

 

 

 

咄嗟にちょっとスキンを調整しようとした。しかしカナムに羽交締めにされ、耳のスキンまで赤くなるのをもろに見られた。

 

『うひゃあ、可愛いなあ、リコ。リコがリーダーで私たちはメチャクチャ幸せだよ、おお四季の神様、なんという乙女の表情でしょう』最悪で意地悪でニタニタした笑みを浮かべてカナムが言った。

 

『いやー、"鉄のオトメ"とか言われてるリコにも、心惑わされる誰かが現れる時が来るとは…因みにさっきの赤くなる瞬間はバッチリアイカメラに残っていまーす。リコのファンにばら撒いてしまいたいなー、ナハナハ』、却ってうざったいキャラで詩織が煽り始めた。お前やっぱ明日の練習から負荷3倍な?ギャン泣きさせてやる

 

『あーじゃあまあ、3人の分担も決まった所で、既にもうコーチングの申請出しちゃってるから』とカナムが言った。

 

『流石カナム先生!仕事がはやいよー!バッチシバッチシ!』と詩織。

 

私リコは流石に恥ずかしいわ勝手に決められてちょっと腹が立つわで、『いや待って。マジで待って。本当にやるわけ!?私たちもライブの日程も学術テストの日程も結構押してるけど???』と何度目かの声を上げた。しかし、

 

『いいのかリコ?まりんくんの美しいソプラノを聴きならが2人っきりで熱血指導してあげなくて。あの繊細な声でリコの一挙手一投足に返事を返す様は中々耽美じゃあないか。ああ先生、僕のコンコーロの火に手を触れないでください。先生も僕も火傷してしまいます』とカナムがクネクネと寸劇をはじめた。殴ってやりたい。

 

『まりんくん、凄い細身でちっちゃくて、いやー、リコらしいよねえ。リコらしくいやらしい。あの声とあの小ささだからいいんだよねえリコは。うわー犯罪。指導が行きすぎて内申点剥奪にならないようにねー?』と詩織。ごめん、普通に殴った。

 

殴られて泣いている詩織をカナムと私で宥めつつ、最終的に2人は私に聞いてきた。『で?本当にやらないでいいの?』

 

※※※