なんだか生きてる

これは「限界感情オタクアドベントカレンダー Advent Calendar 2022」の2日目の記事です。

 

https://adventar.org/calendars/7801

 

灌漑された農道を眺める。

緑の中に川の青だけが存在する景色は、

牛耳られた歓楽街の楽しさにも、

空爆された時代の背景にも、

誘発されたクーロン力にも無縁だった。

 

くねくねがやってきて、『やあ。おつかれですか』と俺に挨拶する。

 

俺ってば、そんな妖怪界一流のスターが今更こんな場所に来るのかとたじろいでしまって、ぎこちなく『どうもね。19の時に涙災を得てから、ずっとこの調子でございやす』と伝えるのがやっとだった。

 

でも、流石に彼は頭が良くって、俺のぎこちない技巧足らずの奇行にも、怯まずに『それは、痛かったでしょう。情動を擲ってしまえば、それはまた厄介な痛みに変わりますゆえ』と俺の不運を労ってくれた。

 

それから続けて、『この風景は良いですよ。私が足を運ぶ理由が本当はあなたにも分かるはずです。あなたがそうしたように、私もここを棲家とすることがある。我々に近しい人間は、多かれ少なかれ誰もがそうするのです』と答えたものだから、俺はなんだか泣きそうになった。

 

暫く、妖怪主と2人で経済学の話をした。アメリカの考え出した支配方程式は惜しかったが、リーマンショックを誘発するまで間伸びして使ったのが良くなかったという話や、ちゃんと無駄時間を考慮した制御が、人間界にもあるといいね、などと言った。

 

まあ、妖怪界は木の葉のお札で欲しいものが買えるし、彼らは欲得というものがあるのか怪しかったから、そもそも人間の消費行動を実態としてはよく分かっていないようだったが、それにしてもしかし、珍しい現象の中に生きている奴らも居たものだと理解は示してくれていたようだ。

 

それから、ずっと、ずーっと、俺たちは緑を眺めていた。気の遠くなるような遠い空の中に、俺は何も見つけることができなかった。くねくねは、いつものように飛んでいかずに、スーツとネクタイをしたベレー帽姿で、眉ひとつ動かさず、変わりゆく景色、この時代を眺めていた。

 

 

 

※※※

 

 

 

冬になった。

 

 

俺はもう、降参とばかりに、なけなしの金でビカビカした冬服を買い込み、せめて内部障害の痛みがそうした銀幕のベールに消えてしまうようにと祈った。

 

貯蓄はちょびっとしかないが、なに、構うこともあるまい。暫くは家賃も払える。俺には大した心配はあるまい。あるとしたら、今週の転職のオンライン面談でWi-Fiがぷっつりと切れてしまわないかどうかくらいだ。そもそも落ちて元々のような気がする。そんな気がしていれば、なんだか気が楽だった。自分が大層な奴だなんて考えにいく方が、遥かに努力家じゃないか。そんな風に俺は思った。

 

痛みと引き換えに何かが上手くなりたかった。だが、しかし今、よしんばそれが叶ったとして、叶えた次は何をどうしろと言うのか。得たはした金を以ってハッピーエンドとするのか?それとも更なる大きな成果を求めて野に降るのか?どちらにせよ、ランニングコストが凄まじいようだ。成功と拝金のカタルシスは、やりたい奴が、できる奴が、おのおの気軽に楽しめばいいものじゃあないのか。俺は少なくともできないな。そんな風に考えるのもまた、気楽だった。

 

仮想通貨で34万ほど擦った。いやあ、参ったな。始めた頃は1日に1000円近く利益が出たのに、今じゃもうパーだ。30円にもなりやしない。バカっていうのは俺のことだ。まったく、俺は人間社会にとんと馴染まなかった。一丁前に欲張りだけど、その癖、妖怪と同じようにお金を木の葉のお札と似た感覚で感じることしかできないのだ。要するに、金持ちになる才能は全くなかったんだな。それでいい気がする。

 

 

 

 

 

ゆらゆらと、ぬくぬくと、辺りをぶらつけば、

 

街、街、街のラッシュ。それを過ぎれば田舎道になる。

 

人間型の生き物はすごいな。だって、こんな大建築、きっと群れになって何百年もかけて造ったんだろ。どういう体力してるんだか。俺はその恩恵に預かることに、なんだかでも、欲得をバカにしていた身としてはおもはゆかった。

 

 

 

 

今年の冬は寒いなあ。

でも、不思議と、寒い日の方が、陽のオレンジと街のネオンサインが、寒さの時間能力を受けて、乱雑さのない美しい光になるようで、俺はかじかむ掌に替えて、そんなものをじっくりと楽しむ年齢になっていた。

 

 

 

 

バカも、産まれてきてしまうのだ。

上等じゃあないか。

バカとして、生まれたからには、隅っこで蹲って、不親切な看護婦に看取られて、死んでやろう。

 

長い年月が、過ぎゆく。街も、農村も、変わりゆく。俺も、あいつも、みな死ぬ。だが、なにがしかの系譜は、ただ脈々と続き、今日も巨大建築が少しずつ出来上がりながら崩れゆく。俺たちはバランスしている。いいなあ。なんだかそんな気がしたんだ。