みなさん
寿司は、好きか
俺は、寿司が、大好きだ
俺が虚空に向かって、一人で身振り手振りだけで静かに叫んでいると、
チノちゃんが後ろからやってきて、「バカじゃないですか」と言ってきた
彼女の目は、あまりに冷ややかで、すでにやってきた夏の終わりを彷彿とさせた。
「バカは君だ、チノちゃん。
今日は寿司だよ。
建国記念日や、天皇誕生日すら、裸足で逃げ出すと言われている、あの寿司の日だ。
わかったら君も、お寿司に傅(かしず)きなよ」
僕はこう言って、彼女の言動・態度がお寿司に対してどれだけ不敬かを懇切丁寧に説明したが、彼女は
「バカはあなたです。お寿司なんかいつでも、いくらでも食べられるでしょうに。
それに昨今、すでに安いお寿司屋さんは街にあふれかえっていて、掃除しても掃除しても抜け落ちてくるティッピーの毛のようです。
そんなものを有難がるなんて、財布の中身が寂しいんですか?」
と、冷厳とした寿司に対し、平然と熱いディスをかましてきた。
俺は黙っていられず、思わずムキになってこう言った。
「チノちゃん、君は勘違いしているよ。
俺が食べる寿司はね、確かに多少は安い。
だが、その中でも俺なりに厳選して、一番美味しい店を選んでいるんだ。
それにね、安くても寿司は寿司だ、我が国のソウルフードだよ。
これを嫌いな人間は、秘密警察に捕まって激しい尋問を受けたのち、情報を洗いざらい吐かされてから消されてしまうんだ。
どうだ?怖いだろう」
しかし彼女は、怖がるどころか、より一層呆れ返ったような表情をして、
トドメのカウンターとばかりにこう言い放った。
「何がソウルフードですか。
あんな物、ご飯に生魚を乗っけただけでしょう。料理と呼べません。
ホントに美味しいものって、作るのに手間がかかって、技が要るからこそ美味しいんでしょうに」
と、あろうことかお寿司様を、抜き身のヤイバで一刀両断してきた。
俺はブチギレた。
「言ったね。チノちゃん。
覚えておいで。
寿司を貶した者には、寿司の裁きが下る。
今日、俺の家に来るといい。
とこしえの恐怖を、君に与えてあげるよ!」
気づいたら俺は彼女にそう宣言した後、ずんずんと繁華街に向かって歩いて行った。
駅前に、デパートのある街。
高級食材がズラリ並び、隊をなし、我が物顔で闊歩する場所。
しかし、巨大デパートとは独立に、安めのお惣菜を置く食料品店が、地下には存在していた。
今回目当ての寿司も、そこにある。
まず、俺は手始めに、24巻入り1980円税抜きのパックを、2つカゴにブチ込んだ。
その次に、ウニが入っている12巻入り980円のパックを1つ。
そして、トドメとばかりに、各380円の
鉄火巻き・ネギトロ巻きのパックを1つずつ。
俺はキレていた。
会計は6000円を超えたが、なに、恐れることはない。
チノちゃんに寿司の刑に処す為だ、こんな散財、なんとも思わなかった。
「うまいかい?」
気がつくと、俺はテーブルに腰掛け、対面する彼女にそう尋ねていた。
チノちゃんは、黙々と寿司を口に運んでいる。
どうやら、寿司の刑はバッチリと決まったらしい。
その美味しさに内面で涙するチノちゃんの心象風景が伝わる。
負けじと、俺も寿司を食べる。
美味い。安くても、いい寿司はいい。
特に、このマグロトロがいい。
チノちゃん、あんまそれ取らないで。
俺の分無くなっちゃうから。
笑顔の絶えない食卓になった。
しかしまあ、6000円分は、流石の食いしん坊2人でも食べ切れなかった。
明日食べられるように、冷蔵庫に入れておく。
テレビをつけると、野球の試合をやっていた。
俺は、チノちゃんの淹れてくれたお茶の湯気を燻らせながら、のんびりとそれを見た。
夏が終わり、もうすぐ秋が、紅葉を連れてやってくる。
だが、彼らがこの街の目前を覆う前に、もう一回は寿司の刑をやってもいいかな。
チノちゃんの食べっぷりを見て、そう思った。