チノちゃんと夏祭り

午後3時に目が覚めた俺は、コーヒーを自分のためだけに濃く出したコーヒーを淹れると、それに氷、牛乳、液状のオリゴ糖をぶちこみ、カフェオレの粒感と砂糖の良く通る喉越しを楽しんでいた。

 

待ち合わせにはまだ時間がある。俺は家の中でゆったり飲み物を飲んで、読書をしてという風に、近日最高気温となる暑さを散々にやり過ごしてから、そろそろいい頃だなと思い、待ち合わせの場所に出かけた。

 

神社に直接集まると、人混みで逸(はぐ)てしまうかもしれない。そう思い、行く途中の空き地の前で落ち合うことにしたのだ。すでにそこにはラフな格好のチノちゃんが居て、俺を見るなり少し待ったぞ、という顔で「こんばんは、今日も午後まで寝ていたんですか」と挨拶した。大きなお世話だ。

 

俺たちは目的地への道すがら、実に他愛のない雑談をした。ティッピーが夏風邪を引いてしまったこと、ココアさんが「夏こそホットの季節だよ!」と温かいものばかり食べていて、接客に妙に気合が入っていて暑苦しいこと、俺は条件付き線形MPCがうまく回らないことを話したが、チノちゃんは実に興味なさそうにアクビをしていた。社会人の苦労をなんだと思っているのか。

 

そうして俺たちは祭囃子にたどり着いた。その瞬間、今までただでさえ混んでいた参道は更に人で埋め尽くされ、祭り特有の沸騰するような熱気が辺り一面を支配した。チノちゃんは「わあ」と小さく言った後、急に早足になって人混みを掻き分けてゆき、手を振る動作で俺も急ぎ馳せ参じるようにと促した。

 

このお祭りは、地域の中でも比較的大きなもののようだった。屋台の数も、種類も、俺が今まで見たことのあるものとは違う。たこ焼き屋の屋台なんか、離れた場所に3台もあるのだ。もう少しなんとかならなかったのか。また、祭りの一角にはステージが設けられており、その上で太鼓を叩く人を中心として人の輪ができており、彼らは盆踊りを踊っていた。あれほどまでにいやらしく感じた夏の暑さが、爽快なほどに感じられてきて、血液が淡く昂い立ってくるようだった。

 

「ね、あれ。あれ奢ってください!」チノちゃんが俺の裾を掴み、3台あるたこ焼きの屋台のうちの、形は大玉だがオーソドックスなたこ焼きを出す店を指差した。しょうがないな、いいとも。俺はたこ焼きをひとパック買ってから、隣の広島風お好み焼きも購入した。そしてそれを、2人してもりもりと食べた。もしもヤギやヒツジなどの家畜が炭水化物を食べるなら、こんな風に平らげるだろうな。

 

そしてその後は、俺たちは実に奔放に散財した。コリント打ちでチノちゃんが5回連続でハズレの穴に球を追いやったり、金魚すくいで俺が金魚を土の上に溢してしまったり、型抜きで2人して見事なほどに型をバリバリと崩したり、紹介するのに枚挙にいとまがないほどだった。楽しかった。まるで子供にかえったみたいだった。俺は、昂奮しながらもなぜだか安心したような気持ちになってしまって、ともすると今日はこのまま両親が待つ家に帰るんだというような、そんな錯覚に陥ってしまった。

 

やがて、楽しい祭りにも終わりがやってきた。ステージには地域の児童太鼓クラブの子供達がのぼり、どんどこと勢いよく甘い音楽を鳴らし始めた。俺たちはそれを眺めていた。チノちゃんはその音圧がお腹に響いたのか、少しばかり気圧されたようになっていたが、それでも楽しそうに一緒にリズムを刻んでいた。ああ、来て良かったな。俺はただそう思うと、チノちゃんと同じように肩と足で音に乗った。

 

やがて祭りは終わり、人々は熱気にほだされたまま、散り散りに帰路に着いた。チノちゃんは、楽しかったですね、そう笑っていた。また来年、きっと来よう。俺は彼女に確かにそう告げると、チノちゃんは少し驚いたような顔を見せて、それから後で、はい、と小さく頷いた。

 

はしゃぎ回った。いい歳こいて、こんなにはしゃいだのはいつ振りだろう?今日はよく眠れそうだ。明日も休みだし、深く眠ろう。