チノちゃんと散歩

「急でごめんなさい、今日はお暇ですか」

 

チノちゃんからの連絡は、相変わらず簡素な、しかし失礼すぎず慇懃すぎない文章で送られてきた。俺は、「君のためならどんな予定を押してだって駆けつけるよ」と言ってしまいそうになるのをかろうじて踏みとどまり、適切な返信をしてから、ウキウキしながら身支度をした。

 

さて、そんな訳で俺たちは、この時期には珍しい、余り人気(ひとけ)が無いだだっ広い公園に来ていた。デートのプランは、ただこの公園を歩いて回るという、若干お粗末なもの。なにより、照り返す日差しが余りに暑い。暑すぎて歩くのを躊躇わせるくらいだ。

 

なぜこんなプランになったのかって?デートの約束は突発的なものだったから、予定を立てる俺が慌ててポカをしたという理由が支配的と言えばそうだが、何より彼女が「今日はどこか、散歩をしたい気分です」と言ったからに尽きる。うだるような日差しの中でも、彼女は笑っていた。まるで、暑さなんて感じていないかのようだった。

 

駅を出ると、まずはじめに俺たちは噴水のある広場に出た。空を映す水の色に、つい先日、チノちゃんと海に出かけたことを思い出す。彼女の水着姿はまるでおとぎ話の作り手が手塩にかけて描いた妖精のようで、俺はチノちゃんにそんなことを話すと、彼女は恥ずかしそうに俯いて、麦わら帽子を深くかぶって目線を落としてしまった。

 

噴水広場を抜けると、ややあって夏の花々が咲き誇る丘の上にやってきた。学のない俺には、それらの花が何なのか分からなかったが、南国を想像させる黄色と赤の色遣いは、見るものに上等の炭酸入り果実酒を飲ませるような、そんな気分にさせた。俺とチノちゃんはすっかり花々に酔いしれ、暑さも忘れてしばらくその丘に佇んでいた。

 

やがて美酒を傾けるのにも飽き、花々の丘を抜けたのち、最後に見えてきたのは、青々とした一面の芝生だった。おお、と声を上げ、サクリサクリと踏みならして歩く。ふと、俺はあちらこちらの木陰で、気持ちよさそうに眠そべっている人々を見つけた。チノちゃんが俺の袖を引っ張り、「あれ、私たちもやってみませんか?」と小さく言った。

 

そうして俺たちは芝の上に寝そべった。チノちゃんと俺は互いに折り重なり、彼女が俺の胸を枕にする格好で。体が惚けて、血肉に突き刺さった疲れが、泡と消えてゆく感覚があった。暑い日が大地を照らす。木陰が俺たちの眠りを保つ。俺は無性に泣きたくなってしまったが、今そうしたら彼女を心配させてしまうから、やめた。